東京ディズニーランドのスペシャルイベント
「ディズニー・パルパルーザ“ミニーのファンダーランド”」。
ここで行われているのは、ひと言でいえば
「ミニー、好き好き!」を全力で伝えるお祭りである。
SNSに流れてくるパレード動画を眺めていて、
ふと、まったく別のものを思い出した。
——讃美歌である。
先に断っておきたい。
もし不快に感じる方がいたら、ここから先は読まないでほしい。
キリスト教そのものを揶揄したいわけでは、まったくない。
ただ、ふと思ったのだ。
イエスに捧げる讃美歌も、構造としては似ているのではないかと。
共通点の一つ目は、
歌う対象が「理想化された存在」であること。
・イエス・キリスト
・ミニーマウス
どちらも、現実の人間を超えた存在として描かれる。
言い換えれば「神的」な存在だ。
(私にとってミニーは、ほぼ神である)
二つ目の共通点は、
個人の感情を、共同体で共有すること。
・教会で歌われる讃美歌
・パレードでの合唱やコール
そこでは「私が好き」という感情が、
「私たちの思い」へと拡張されていく。
三つ目の共通点は、
物語を超えて、“存在そのもの”を讃えていること。
讃美歌は、聖書の筋を丁寧に説明しない。
ミニーの歌も、具体的なストーリーを語らない。
伝えているのは、ただ一つ。
「そこにいること自体が素晴らしい」という感覚だ。
では、なぜ人は
特定の存在を、歌にして、みんなで讃えるのだろう。
世界が複雑になるほど、
人は「変わらない何か」を必要とする。
讃美歌も、キャラクターソングも、
その役割を担っているのではないかと思う。
神話があり、
宗教があり、
そしてキャラクターがある。
媒体は変わった。
だが、構造は驚くほど同じだ。
ディズニーは宗教ではない。
しかし、人間が神話や宗教に求めてきた機能を、
とても忠実に引き継いでいるように、私には見える。
ミニーを讃える歌を聴いて、
心が少し軽くなるとしたら。
それは、人間が何千年も前から
歌に求めてきたものと、
きっと同じなのだと思う。
——
「歴史は繰り返さないが、韻を踏む」
(マーク・トウェイン)
2号にこの考えを話したら教えてくれた名言です。
ほんとそのとおり~。
※画像https://www.tokyodisneyresort.jp/treasure/minniesfunderland2026/